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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1139号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 滋賀県

右代表者知事 稲葉稔

控訴人(附帯被控訴人) 国

右代表者法務大臣 遠藤要

右両名指定代理人 笠井勝也

〈ほか一〇名〉

亡武田亮子訴訟承継人 被控訴人(附帯控訴人) 武田良鐘

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 野村裕

主文

控訴人(附帯被控訴人)らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)らは各自、被控訴人(附帯控訴人)武田良鐘に対し、金三七〇万四五二三円及び内金三二〇万四五二三円に対する昭和五四年七月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、同武田良貴に対し、金一二六万八一七四円及び内金一〇六万八一七四円に対する昭和五四年七月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。被控訴人(附帯控訴人)らのその余の請求をいずれも棄却する。

被控訴人(附帯控訴人)らの附帯控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その四を被控訴人(附帯控訴人)らの負担とし、その余を控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  控訴人(附帯被控訴人)(以下、単に、「控訴人」という。)ら

1  控訴の趣旨

原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)(以下、単に、「被控訴人」という。)らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。

2  附帯控訴の趣旨に対する答弁

本件附帯控訴をいずれも棄却する。

附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

2  附帯控訴の趣旨

原判決を次のとおり変更する。

控訴人らは各自、被控訴人武田良鐘に対し、金一二八一万八〇九五円及び内金一一六一万八〇九五円に対する昭和五四年七月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、同武田良貴に対し、金四二七万二六九八円及び内金三八七万二六九八円に対する昭和五四年七月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、各支払え。

第二当事者双方の主張

次のとおり付加、訂正する他、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表三行目、同六枚目裏一〇行目、同末行、同七枚目表三行目、同二一枚目表八行目、同裏九行目、同二二枚目表六、七行目の各「原告ら」とあるのを、いずれも「被控訴人武田良鐘及び亡武田亮子」と改める。

2  同七枚目表五、六行目の記載を次のとおり改める。

「(四) 亡武田亮子は昭和六一年一二月二五日死亡し、被控訴人らが各二分の一の割合で同人の権利義務を相続した。従って本件につき、被控訴人武田良鐘は一七二二万二四〇七円の、同武田良貴は五七四万八〇二円の、各損害賠償請求権を有する。」

3  同七ないし九行目の記載を次のとおり改める。

「7 よって、控訴人ら各自に対し、被控訴人武田良鐘は、内金一二八一万八〇九五円及びそのうち弁護士費用を除く一一六一万八〇九五円に対する昭和五四年七月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の、被控訴人武田良貴は、内金四二七万二六九八円及びそのうち弁護士費用を除く三八七万二六九八円に対する昭和五四年七月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。」

4  同八枚目表五行目の「武田良貴」とあるのを「被控訴人武田良貴」と改める。

5  同六行目「原告武田亮子」とあるのを「亡武田亮子」と改める。

6  同九枚目裏初行、同一三枚目裏四行目から五行目にかけて、各「恐れ」とあるのを、いずれも「おそれ」と改める。

7  同一三枚目裏初行の「四時ころ」とあるのを「五時ころ」と改める。

8  同一六枚目裏初行の「二時間」とあるのを「一時間」と改める。

9  同一七枚目表末行、同裏七行目、同一九枚目表一一行目の各「午後四時から午後五時」とあるのを、いずれも「午後五時過ぎから午後五時半ころ」と改める。

10  同一八枚目裏五行目から六行目にかけて「午後五時近く」とあるのを「午後五時半近く」と改める。

11  同一九枚目裏五行目の「午後五時一五分ころ」とあるのを「午後五時四五分ころ」と改める。

12  同二一枚目表六行目の「第5乃至第7項をいずれも争う。」とあるのを「第5、6項の事実のうち、亡武田亮子が昭和六一年一二月二五日に死亡し、被控訴人らが各相続分二分の一の割合で同人を相続したことは認めるが、その余は争う。」と改める。

13  同二一枚目裏三行目の「納まらない」とあるのを「治まらない」と改める。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生

被控訴人武田良鐘及び亡武田亮子がその二男良公(昭和四七年七月四日生、当時七歳)の父母であること、良公が同五四年七月六日本件事故現場において水死体で発見されたこと、当時本件事故現場付近には中州が形成されていたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次のとおり推認される。

良公は、昭和五四年七月六日午後三時ころ小学校から帰宅し、兄の被控訴人武田良貴が友人と姉川へ魚釣りに行ったと聞き、自転車に乗って同被控訴人の後を追ったが会うことができず、午後五時半以降友人の小学生ら二、三人と本件事故現場付近の河原で遊んでいたが、午後六時過ぎころまでには右友人達とも別れて独りで遊んでいるうち、午後六時半ころまでの間に、本件帯工の上を歩いているとき過ってその上流側水深約三メートルの深みに転落したか、あるいは、姉川左岸から流れの中央寄り約二〇メートル付近に形成されている中州へ本件帯工の上を歩いて渡り水際付近で遊んでいた際、帯工付近の深みに落ち込み(そのいずれであるかを確定するに足りる証拠はない。)、後記認定のように連日の降雨による増水のためその底部下の土砂が本件事故現場付近において約一〇メートルにわたってえぐり取られ、水流が右えぐり取られた部分をくぐって下流側に強い勢いで流れ出ていた本件帯工の右底部下に吸い込まれ、これを通過して、その下流側に設置されている本件根固ブロックと右帯工との間にひっかかったままの状態で溺死体として発見されたものである。

控訴人らは、良公は、(1)本件帯工を離れた上流付近で遊んでいて増水された水流にのみこまれ右帯工に流れ着くまでにすでに溺死していた可能性もあり、また、(2)右帯工の下流側に落ち、帯工と根固ブロックとの間に吸い込まれて溺死した可能性も否定できないと主張するが、(1)については、《証拠省略》によれば、良公は、本件事故当日の午後六時ころ自転車を本件帯工付近の左岸沿い道路に置き友人と付近の河原で遊んでいたのを付近住民に目撃されていて、右自転車は本件事故後もそのまま放置されていたと認められることに照らし、また、(2)についても、《証拠省略》によれば、前記帯工底部下にくぐり抜けた水流は水面に向かって吹き上がるようになり、良公の死体はその圧力で腰の部分が帯工と根固ブロックとの間に挟まれて発見当初は上に引き上げることもできなかったと認められることに照らすと、いずれもその可能性はほとんどなく採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠もない。

二  一級河川姉川の管理主体及び本件帯工、根固ブロックの設置、管理者

原判決理由説示記載(二三枚目表二行目冒頭から同裏五行目末尾まで)のとおりであるからこれを引用する。

三  本件事故現場付近の状況

《証拠省略》を総合すると次のとおり認められる。

1  本件帯工及び根固ブロックが設置され、管理されてきた経緯並びにその構造等は、原判決事実欄二の4の(一)記載の控訴人ら主張のとおり(九枚目表一二行目冒頭から一一枚目表一二行目末尾まで)である。

2  良公がその生前住んでいた国友町は、姉川の左岸(南側)に開けた戸数約一九〇戸の田畑に囲まれた静かな町である。

姉川は、平素は水量が少ないが、延長距離の短い急流河川であるため、いったん雨が降ると様相が一変して水量が増し、流れも急となって危険な状態に陥るので、学校、子供会等では平素から姉川で遊ばないように注意をしていたが、子供等は右注意を十分に守らず、本件帯工の中程に形成された中州や河原を遊び場にしていた。

3  本件帯工の上流側は、帯工付近において砂が堆積し水深は非常に浅くなっており、帯工の上を流れる水の深さは約二〇ないし三〇センチメートルであったが、本件事故発生当日の数日前に降り続いた雨の影響による水流の勢いで右帯工底部及び根固ブロックの下の河床が左岸(国友町側)から河川中央へ向かって二ないし三メートルの地点から約一〇メートルにわたって深さ約一・五メートルほどがえぐられ、水流は、えぐられていわゆる底抜け状態となった右帯工の下を強い勢いで下流側へ流出し、根固ブロックの隙間から上方へ吹き出ているような状態で、そのため、帯工の上流の水深は帯工付近で三メートルに達し、中州のすぐそばにも大人の腰あたりに及ぶ深みができ、また、帯工の上を越流する水は、平素と異なりくるぶしあたりまでしかない状態にあった。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  本件事故当日における滋賀県長浜土木事務所の調査

《証拠省略》を総合すると、国友町の住民である饗場茂は、事故当日の朝、前記認定のとおり本件帯工の下がえぐられ水がその下をくぐり抜けて流れているのを発見し、これを滋賀県長浜土木事務所に通報したこと、その結果、担当職員三名が同日午後五時過ぎから五時半ころまでの間、現場において本件帯工の被害状況を調査し写真を撮影したこと、その際、前記付近の中州で数人の子供が遊んでいるのを見て危険だから帰るようにとの注意を与えたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  本件河川管理の瑕疵

1  国家賠償法二条にいう、営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、右瑕疵の存否は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合的に考慮して具体的かつ個別的に判断すべきことがらである。

ところで、河川の管理については、控訴人らも指摘するように道路その他の営造物の管理とは異なる特質及びそれに基づく諸制約が存することを否定することができず、これをいま被控訴人らの主張する良公の溺死事故との関係においてみても、本来、河川管理の目的が河川について洪水、高潮等による災害の発生を防止し、河川が適正に利用され流水の正常な機能が維持されるようこれを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与し、公共の安全の保持、公共の福祉の増進を図るにあること、一方、河川は自然公物たる公共用物として右河川管理の目的に反しないかぎり一般公衆の自由使用に供されているが、河川はもともと溺死等の水難事故発生の危険性を内包していることに照らすと、その自由使用に伴う危険は原則として利用者の責任において回避すべきものであると解すべきであって、本件河川管理の瑕疵の存否の判断に当っても右の点を考慮すべきものというべきである。

2  以上の観点に立って本件をみるに、前記認定にかかる事実関係のもとにおいては、本件帯工付近の上流側は、平素は帯工上端近くまで土砂が堆積していたため水深は浅く、流水は帯工の上を二〇ないし三〇センチメートル程度の深さで越流していたのが、帯工底部及び根固ブロック下の土砂が本件事故現場付近において横幅約一〇メートル、深さ約一・五メートルにわたってえぐられ、いわゆる底抜け状態となり、流水は右底抜け部分をくぐり抜けて下流側の根固ブロックの隙間から吹き上がるというありさまで、水深は帯工上流側で約三メートルにも達し、良公と同年代の幼児が過って右深みに転落すれば、直ちに底抜け部分をくぐり抜けている水流にのみ込まれ帯工の下を通過して根固ブロックに引っ掛かり、自力では脱出することができないまま溺死するに至るのは必定であること、本件帯工の設置されている付近の姉川左岸の南側には約一九〇戸の人家のある国友町が開け、同町及び付近の町村の子供は小学校や子供会で禁止されているにもかかわらず、本件事故現場付近の中州や河原に遊びにきていたこと、本件事故当時流水が右底抜け部分をくぐり抜けていたため帯工上はくるぶしあたりまでしか水が流れてなく、その上を歩いて中州へ渡ることは、良公と同年代の幼児にとってかなり魅惑的なことがらであったこと、本件事故当日ころ長浜土木事務所の職員が現場を立ち去った午後五時半ころから日没までにはかなりの間があることがそれぞれ明らかであり、これらの事情を総合すると本件事故現場付近の帯工及び根固ブロックの右底抜け状態は、前記控訴人らの所論を考慮に入れてもなお営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性があるもので、本件河川管理には瑕疵があるというべきである。

控訴人らは、その調査を終えて現場を立ち去った時刻はすでに子供の遊び時間を過ぎていること、小学校、子供会などを通じて姉川で遊ぶことが禁止されていることなどから、幼児が右時刻以降に本件事故現場に遊びにきて本件事故に遭遇するかもしれないことは通常予想することのできる危険ではないと主張するが、右説示するところに照らし採用することができない。

3  また、控訴人らは、本件事故発生までに幼児などが事故現場付近の中州や帯工に立ち入ることを禁止する有効な方法さらには本件帯工自体を修復する時間的余裕はなく、したがって本件事故の回避可能性はなく、この点においても河川管理の瑕疵はないと主張するが、右回避措置としては、現場調査に赴いた土木事務所の職員の一人が日没まで帯工及び中州に人の近ずくのを監視する一方、自治会、学校などの地元組織を通じて右危険性を周知せしめることをもって足りるというべきであり、その時間的余裕がないとは到底考えられないから、右主張も採用することができない。

六  因果関係

本件事故の態様は前記一において認定したとおりであり、そのいずれであるにしても、以上認定にかかる本件河川管理の瑕疵との間には相当因果関係があるといわなければならない。

七  控訴人らの責任

前記二で認定したところによれば、公の営造物である一級河川姉川の管理主体である控訴人国は国家賠償法二条一項により、河川法六〇条二項により所定の管理費用を負担している同滋賀県は国家賠償法三条一項により、それぞれ被控訴人武田良鐘及び亡武田亮子並びに良公が本件事故により被った後記損害を連帯して支払うべき義務のあることが明らかである。

八  被控訴人武田良鐘及び亡武田亮子並びに良公の損害

1  良公の逸失利益

原判決理由説示(三一枚目表一二行目冒頭から同裏一一行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

2  被控訴人武田良鐘及び亡武田亮子の慰謝料

良公の死亡による慰謝料は、各四〇〇万円をもって相当と認める。

九  過失相殺

前記説示のとおり、原則として河川の使用に伴う危険は本件利用者たる公衆が自らの責任において回避すべきものであること、小学校、子供会等で遊び場とすることを禁止されていたにもかかわらず増水後の姉川に遊びに行き、本件帯工の上を歩いているとき上流側に転落するか、または中州で遊んでいるうち本件事故に遭遇した良公の過失、あるいは、当審における被控訴人武田良鐘本人尋問の結果により認められる同被控訴人及び亡武田亮子が年少の良公に対し平素から同人が姉川に遊びに行くことを放任していた過失は極めて大きいといわなければならない。よって、これら被控訴人側の過失を斟酌すれば、被控訴人武田良鐘及び亡武田亮子並びに良公の前記損害についての控訴人らの賠償額は、その二割とするを相当と認める。

したがって、良公の逸失利益についての損害賠償額は、二六七万二六九八円(円位未満切捨て)、被控訴人武田良鐘及び亡武田亮子の慰謝料についての賠償額は、各八〇万円となる。

一〇  被控訴人らの相続

1  《証拠省略》によれば、良公の死亡により被控訴人武田良鐘及び亡武田亮子は両親として各二分の一ずつの割合により同人を相続したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右事実によれば、両名は、それぞれ良公の控訴人らに対する損害賠償請求権一三三万六三四九円ずつとこれに対する遅延損害金を相続したことになり、その固有の慰謝料についての賠償請求権との合計額は、各二一三万六三四九円とこれに対する遅延損害金となる。

2  亡武田亮子が昭和六一年一二月二五日に死亡し、被控訴人両名が夫及び子として各二分の一ずつの割合により同人を相続したことは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、被控訴人らは、それぞれ亡武田亮子の控訴人らに対する損害賠償請求権一〇六万八一七四円(円位未満切捨て)ずつとこれに対する遅延損害金を相続したことになり、したがって、被控訴人武田良鐘の損害賠償請求権は、前記二一三万六三四九円との合計額三二〇万四五二三円とこれに対する遅延損害金及び後記認定の弁護士費用となり、被控訴人武田良鐘のそれは、右相続にかかる一〇六万八一七四円とこれに対する遅延損害金及び後記認定にかかる弁護士費用となる。

一一  弁護士費用

被控訴人武田良鐘につき五〇万円、同武田良貴につき二〇万円と認めるのが相当である。

一二  結論

以上によれば、控訴人らは各自、被控訴人武田良鐘に対しては、三七〇万四五二三円及び内金三二〇万四五二三円に対する本件事故発生の後日である昭和五四年七月七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、同武田良貴に対しては、一二六万八一七四円及び内金一〇六万八一七四円に対する右同日から完済まで同割合による遅延損害金の各支払いをすべき義務があり、被控訴人らの請求は右限度で理由があるからこれを認容すべく、その余はいずれも理由がなくこれを棄却すべきものである。

よって、本件控訴に基づき、これと一部結論を異にする原判決を主文二、三項のとおり変更することとし、本件附帯控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 東條敬 横山秀憲)

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